新しいブログタイトルは「今日もヨミトル!あなたがわかっていること、伝えたい」です!
こんにちは、たかぎ(@goisshoshimasho)です。
前回の記事でお知らせした通り、この度ブログのタイトルを
「今日もヨミトル! あなたがわかっていること、伝えたい」
に、変更しました。
本年6月にこのブログを開設してまだ4ヶ月と少しですが、この短い間に、ブログをきっかけにたくさんのうれしい出来事がありました。
温かい励ましのお言葉やご感想・ご意見をいただきありがとうございます。
身近にいる意思疎通に困難をお持ちの方についてご相談をいただきました!
読み取りを勉強してみたいと言ってくださる方、実際に練習を初めてくださった方が現れました!
そして、新しい出会いがあり、美津恵さん、ケントさんの訪問に続き、シンさんという青年のところにも読み取りに定期的に伺わせていただくようになりました!
そしてそして! この夏、友人のユミコさんが美津恵さんの読み取りに成功し、秋になり、シンさんの支援者のイッシーさんがシンさんの読み取りに成功したのです!!
病気や事故の後遺症で体が自由に動かせなかったり、言葉を発することができなくなった方も、ご自分の思いを発信し続けています。そしてその言葉をキャッチする方法が確かにあります。ここではそれを「読み取り」と名付けています。
ブログタイトルの「ヨミトル」は、普通名詞の「読み取る」と区別するためにカタカナ表記にしました。
また、今後外国語でのブログ発信もしていきたいと思っているので、アルファベット表記のYOMITOLという言葉も作ってみました! (こういうことを思いついている時が、たかぎ、うれしい)
ご自分の言葉が届くことを知ると、当事者の方に大きな変化が現れます。
つながる喜びが希望となって、あらたに活力が湧いて来られるのだと私は確信しています。
あきらめないでください。
あなたがわかっていること、伝えたい。
どちらが支援者でも支援される側でもなく、美津恵さんも、ケントさんも、シンさんも、この大切なことを多くの方に知っていただくために共に発信していく仲間です。そしてこの発信が、「わからないと思われているけれど、実はわかっている」あなたにつながりますように。
一緒に伝えていきましょう!
ブログ運営の今の課題は、友人達から「いつも記事が長過ぎ」と注意を受けることです。言い訳になってしまいますが、読み取りのその度ごとに、当事者の方の語る言葉に心を打たれ、胸が一杯になるのです。それをぜひお伝えしたいと思うとついつい長く…。
しかし!今後は要旨をなるべく簡潔にまとめ、わかりやすくお伝えするよう、せめて、一つの記事の文字数が1,000文字を超えないように…、あーっ!もう1,110文字。既に長い。
今日はこれにて失礼します。
今後ともどうぞよろしくお願い致します!
※ケントさん、美津恵さん、シンさん他、当事者の方の言葉が多くの方に届きますように。にほんブログ村 の「病気」と「介護」カテゴリーに登録しております。よろしかったら下記2つのバナーのクリックをお願い致します。
ブログのタイトルを変更します!
こんにちは、たかぎです。
いつもブログ「閉じ込め症候群の友と語る」をお読みくださりありがとうございます。
また、今回初めて本ブログをご訪問くださった方、関心を持ってくださりありがとうございます。よろしければぜひ第1回目の投稿記事「閉じ込め症候群の友と語る?!~はじめに」をお読みください。ブログ運営の目的とたかぎの願いを書いております。
さて、早速ですが、この度、ブログのタイトルを変更することにしました。
新しいタイトルは
「今日もヨミトル! あなたがわかっていること、伝えていこう 」
です。
現在の私の主な活動は、病気や事故の後遺症による全身性の麻痺や発語不能で、意識は清明なのにその思いを言葉として伝えられない方が発出する文字信号を、その方の手や腕を通してキャッチして会話するという意思疎通支援です。
ただ、その発出される情報は、直接目に見えず、本当にその方が発出しているのかどうかを現段階では機器等により測定できません。
そこで、たかぎは考えました。文字盤のポインティングにより意思表出している脳性麻痺の仲間に、手書きで文字を書くことをイメージしてもらい、それをたかぎが読み取るという実験に協力してもらったのです。さて、結果はどうだったか!?
このような検証作業の報告も含めて、当事者の方と一緒に、書く文字が伝わってくるメカニズムを考えながら、思いは伝えられるということを広く皆さまに知っていただけるよう取り組んでいけたらと願い、
閉じ込め症候群の方に限らず(閉じ込め症候群も「完全」「一部」などいろいろな状態があります)、たかぎが体験したこと、驚きや嬉しかったことをブログに書いていくべく、この度
ブログタイトルを変更することに致しました!
次回より、しばらくの間、新タイトルに旧タイトルを併記します。
あきらめないでください。
あなたがわかっていること、伝えたい。
一緒に伝えていきましょう。
この思いは変わりません、
これからも どうぞ よろしく お願い致します!
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そしてテレビの大事な話
前回までの記事「テレビから、イクコさん」の、イクコさんのケントさん訪問につながったきっかけは、ケントさんが
テレビは こころで みる
と書いた言葉でした。
そこで、今回はテレビの話です。実はテレビの話といっても番組の内容のことではありません。読み取りの過程で起こったテレビの文字表記のことをお話ししたいと思います。
本ブログの「ハイジなの?」の記事で書いた通り、読み取りをする時は、ケントさんや美津恵さんには文字はすべてひらがなで書いていただいています。あと、数字と○と×を使用しますが、今は文字の話に限定します。
通常私達が日本語を書く時、皆、漢字とひらがなとカタカナを混ぜて文字を書きます。その混合の割合は人それぞれで、世代やその人の興味、また書き表す文章のジャンルなどによりその割合は異なります。
読み取りは、ケントさんや美津恵さんが書く文字の一画、一画を読み取っていき、何の文字か判断するので、漢字、ひらがな、カタカナのすべてからだと候補の数が膨大で判定するのにとても時間がかかります。特に漢字は画数が多いです。閉じ込め症候群のケントさんや美津恵さんが一所懸命書いてくれる文字です。できるだけ正確に、そして迅速に読み取りたい。
ひらがなとカタカナは共に50文字。選択するのはひらがなでもカタカナでもどちらでもよいような感じがしますが、元々私が、先行実践者の方から読み取り方を習った時に、最初がひらがなだったこと。また、これは後になって実感したことですが、カタカナよりもひらがなの方が単語や文として文字を続けて書いていく時に、つながりというか、流れを感じやすい気がしています。
いずれにしても、私達は普段当たり前のように無意識に漢字とひらがなとカタカナを混ぜて書いていますから、想像してみてください。実際に文を意識してひらがなだけで書こうとするとたいへんです。かなり集中力とエネルギーが要ります。実際に、脳卒中の患者さんの言語リハビリとして新聞記事などを全部ひらがなにして書き直す訓練が行われるのを見学したことがあります。
では、ケントさんや美津恵さんはどうでしょう。実にすらすらとひらがなだけで書くのです! そして「ひらがなで書く」ということをちゃんと意識して能動的に書いていることがわかるのが、時々ついカタカナや漢字で書いてしまうことがあることです。
それが、今回のケントさんの場合「テレビ」でした。実は最初にケントさんが「テレビ みる」と書いた時、「テレ」とカタカナで書き始めました。そしてすぐ一瞬書くのを止めて、「てれ」と書き直して「び」と続けたのです。
ケントさんがやろうとしたことはすぐわかりました。私は「あ、大丈夫です。テレビはどうぞカタカナで書いてください」とお伝えしました。そして「ありがとうございます」と続けました。
つい習慣で書き慣れたテレビというカタカナが出てしまったけれども、読み取りに関する私との取り決めでひらがなで書くということになっていることを意識しているから、それを実行しなければというケントさんの判断と私に対する気遣いでした。
その時にとても感じ入るものがありました。重度の脳梗塞で大脳が広く損傷しているという診断を受けたケントさんです。四肢麻痺で発語も全不能です。でも、読み取りでは、普通でもなかなかスムーズには書けないオールひらがな書きをしっかり実践しています。そして、ひらがなで書いてくださいねと言われているのに、つい慣れているカタカナ表記で「テレビ」と書き始めてしまい、自らそのことに気づき、すぐかな書きに訂正しようとされたのです。
同様のことが、つい最近美津恵さんんとの読み取りでも起こりました。先日美津恵さんと音楽の演奏の話をしていた時、美津恵さんは「みんなで」と書き、そして続けて左はらいの線を書き、そこで一瞬止まり、それからひらがなの「が」を書き「っそう」と続けたのです。私はすぐ美津恵さんに言いました。
「美津恵さん、わかりましたよ!『合奏』の『合』の字で書き始めて訂正されたんですね!」
ひらがなで書くという約束事をしっかり守ってほぼ完ぺきに書き、つい慣れている漢字が出てしまったけれども、すぐに気が付いて訂正。
これを脳の高度な処理と言わずしてなんと言うのでしょうか。
これは一体どういうメカニズムなのでしょうか。脳のこと?神経のこと?
いつも思うのです。人間の体は本当に不思議。そして、本当にもどかしくて切ない。ケントさんも美津恵さんも、こんなに普通、どころか、繊細な判断と実行ができているのに。
ただその表出が今はまだ外から見えないから、わからないと思われてしまっている。
ケントさんや美津恵さんが表出する意思が誰にでも明らかに伝わりますように。早くそうなりますように。科学技術よ、早く!
すみません、ケントさんや美津恵さんのもどかしさを思い、そして本当はわかっているけれどまだそれが明らかになっていない方々のことを思い、つい力んでしまいました。
長い記事となりました。
お読みくださりありがとうございま。皆さまの温かい関心に感謝申し上げます。
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テレビから、イクコさん その5 (最終回)
重い脳梗塞の後遺症で体も顔の表情も動かすことができず、言葉を発することもできなくなってしまったケントさんですが、たかぎとの読み取りで、その気持ちをいろいろ書いてくれます。
ケントさんへ誰かが質問した時は、「答える」ことが予想できるのでその都度必ずケントさんの手を取りますが、話者がケントさんに質問ではなく話しかけている時は、タイミングを見て今、何か言いたいかどうかケントさんに確認します。
イクコさんの想定外のケントさんの「ない」が出てしまったけれども、イクコさんは何事もなかったかのようにカナダの写真に復帰して、たかぎはそれがちょっとおかしくて、そしてイクコさんがとても可愛らしいと思ったので、ケントさんは何か思ったかなと思って聞いてみました。
「ケントさん、コメントはありますか。」
ケントさんは、
いい
と一言。
ケントさんの「いい」にはいくつかの意味のバリエーションがあります。詳しくはあらためて書きますが、約6か月にわたる読み取りの対話の中で、ケントさんと私の間でルールが出来てきました。
ちなみに、文字の書き方もやはり特長が出ます。何度か私が文字の読み間違いをした時にそれが特定の文字だったことに気づき、書く側のケントさんにもお願いをして、お互いに正しく伝え正しく読み取る精度を高める工夫をして来ました。
この時のケントさんの「いい」は「質問や言いたいことは、ない。話を続けて」という意味です。イクコさんに「お話を続けてください」とお伝えしました。私も、一度手を取るのをストップして、体を起こし立ち上がって、少し持ち場から離れました。
アルバムの写真の説明から、イクコさんが最近行った旅行の話、そしてイクコさんがケントさんから聞いたことのあるケントさんの旅行の話。続いてイクコさんとケントさんが仲間とよく行っていた飲み会が最近また開かれた話。
ケントさんは話せないし体は動かせないし、無表情のままですが、でも視線はずっとイクコさんの方を向いています。イクコさんはそんなケントさんの顔を見つめながらにこにことお話を続けます。スゴイのは、イクコさんは自分が話す時に、間に絶妙の間(ポーズ)を取られるのです。ケントさんの相槌や答えを聴いているように。ケントさんの声は聞こえないけれど、きっと語り合っている、そんなふうに思えるひと時でした。おだやかで温かい空気が満ちていました。
イクコさんがひとしきりお話しした後、ケントさんの手を取ってみました。ケントさんが質問された時に答える以外の時に「今言いたいことがある」と言う意味で出るサインは、私なりにはこれではないかというケントさんの体の反応があるのですが、まだ決定的とは言えません。
そもそもケントさんが自分の意志ではそのように体を動かすことはできないので、話の流れで、今、何か言いたいのかなと私が感じると、手を取ってみたりします。今度はケントさんは「いい」ではなく、
とても うれしい
と書きました。ケントさんが書いた文字を1文字ずつ読み上げると、イクコさんは「よかった。また来るね」と笑顔で答えました。
いくこさん ありがとう
と、ケントさんが再び書きました。
ケントさんは体を動かすことも表情を表すことも話すこともできません。何度も言ってしまいますが、そしてこれからも何度でも言いますが、でもケントさんはわかっています。感じています。そしてイクコさんと会えた気持ちを書いて伝えてくれたのでした。
イクコさんと一緒にケントさんのお部屋を後にしての帰り道、イクコさんに私が感じたことを言ってみました。
「表情は変わらないですが、イクコさんのお話を聞いているケントさん、すごくリラックスして見えました。なんだかちょっと甘えたような、なんというか委ねているような…。イクコさんとケントさん、大きく齢が離れているわけではないので失礼かもしれませんが、お母さんと子どもみたいでした。すみません」
するとイクコさんは笑いながら言いました。
「そう見えた? そうなの。あまり齢の違わない人からお母さんと呼ばれるのよ。私がお母さんみたいなんだって」そして続けられました。
「今日ありがとうね。ケントさんがわかっているということ、感じたよ。」
「イクコさんはお母さん」説のこと、そして、ケントさんがわかっているということを感じたというイクコさんの言葉を、今度ケントさんをお訪ねする時にうれしく携えて行こうと思ったたかぎでした。
これで「テレビから、イクコさん」の回を終わります。できるだけその場の雰囲気をそのままに伝えたいと思ったら、ついつい長くなってしまいました。お読みくださりありがとうございました。
次回は、「テレビから、イクコさん」のケントさんとのやり取りの中に表された、ケントさんが書く時の繊細な意識についてぜひ知っていただきたいと思います。
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テレビから、イクコさん その4
テレビの紀行番組→イクコさんに会いたいというケントさんの意志表出から繋がった訪問。
イクコさんは忙しい時間の合間をぬって定期的にケントさんに会いに来られているのですが、今回はケントさん直々のご指名のリクエストです。張り切って、ケントさんと共有できる旅の話題を持って来てくれました、のはずだったのですが…
「昔夫と行ったカナダ旅行の写真持って来たよ。懐かしいでしょ。ケントさんもカナダ行ったことあるもんね。」と、ケントさんにアルバムを開いて見せながらイクコさん。
ケントさん:ない
「え…、ない? なかったっけ?」
カナダは いったこと ない
シーン。
イクコさん、ケントさんの妻ルミコさん、たかぎ、そしてケントさん。一同、沈黙。
どうしよう。ケントさんと私も所属するNPOのボランティア長老にして数々の輝かしい功績と今も各種要職に就くイクコさんの記憶違いを指摘するような、恥をかかせてはいけないのに。1文字ずつ読み上げている私も、なんとなくバツの悪いような申し訳ないような。
元々ケントさんは明るい性格ながらあまりお愛想を言わず率直にものを言う性格で、これが顔の表情でも出して笑いながら言えばコミュニケーションとしては全然問題ないけれど、ケントさんは表情筋を自分の意志で動かすことができないため、無表情から書いて表出する言葉だけがすべてというプロセスが、きっぱり感を更に増幅してしまう。
お読みくださっている皆様、しつこく何度も申しますが、笑ってくれないと「うれしくないのかな」「聞こえないのかな」「わかっていないのかな」とつい思ってしまうのですが、遷延性意識障害や閉じ込め症候群と言われている方々は、それは笑いを表すための表情筋を自分で動かせないだけということが確かにあるのです。ケントさんが、美津恵さんがそのように言っています。
あなたがうれしくて、おかしくて笑う時、きっとあなたの大切なその方も笑っています。どこかで聞いたギャグ、面白いと思った動画、ぜひ見せて差し上げてください。そしてあなたがうれしいと思う時、おもしろいと感じる時はぜひ「面白いよね。うれしいよね。」と話しかけてあげてください。きっと喜ばれると思います。共に笑っているという実感がその方の希望と気力につながると、私は信じます。
「あれ~、ケントさんカナダ行ったことなかったっけ」とイクコさん。「ほんとに?なかった?」
ケントさん:ない
「そんなら誰かと間違えてるかしら。誰だったやろ…」関西地方の柔らかいアクセントの温かいささやきが一瞬止まりました。ケントさんではなくて誰がカナダに行ったのか、思い出そうとしているご様子。そしておもむろに言いました。
「これが氷河。見える?きれいでしょ。これ、私の夫」
ぷっ。イクコさんの何事もなかったようにいきなりのアルバムへの復帰がかわいらしくて、かがんでケントさんの手を取っていた私は下を向いたままこみあげる笑いをこらえるためにピクピクしてしまいました。
ケントさんに「コメントはありますか。」と聞いてみました。
(続きます)
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テレビから、イクコさん その3
テレビは こころで みる
と書いたケントさん。そのことを聞いたイクコさんの「ケントさんの気持ちがわかる」という言葉。
私はメッセンジャーとしてお互いの思いをそれぞれにお伝えすることで、ケントさんは話せないけれど確かに意識があること、わかっていることを、そして四肢麻痺・発語不能となってしまったけれどケントさんの心は倒れる前と何の変わりもないことをお知らせする。
その役目を担えることへの感謝、そしてコミュニケーターとしての活動へ自分が導かれたことの不思議さを思いながら、またケントさんのところに、そして美津恵さんのところに、いそいそと通います。
そうそう、この次にケントさんのところに行く時は、モリちゃんからの質問とフロントランナーさんからの質問を忘れずにケントさんに聞かなくちゃ。モリちゃんはケントさんと共に所属するコミュニティ活動のグループの新しいプロジェクトの名前について。そしてフロントランナーさんは、いつもケントさんに本の朗読をされるのですが、「僕が勝手に選んでしまっているけど、本のジャンルはケントさんの好みに合っているかなあ」と。お聞きしてきます!
さて、ケントさんが「いくこさんに あいたい」と書いたこと。
早速イクコさんにお伝えし、一緒にケントさんをお訪ねしました。忙しいイクコさんとうまく日程が合ってケントさんのリクエストから日を置かずに実現できたことはとてもラッキーでした。
「ケントさん、こんにちは。イクコです。来たよ。」イクコさんがケントさんのベッドの横に立って、ケントさんに顔を近づけて話しかけました。いつも通りの、イクコさんのささやくような優しいアルトの声、関西地方の柔らかいアクセントにケントさんの顔がくしゃくしゃっとなりました。一見すると辛そうな表情です。
イクコさんはご主人の長年の看病で、表に出る表情が必ずしも私たちが通常思い描く感情と一致しないことをよく知っているので、あえて何も言わず微笑みながらケントさんを見つめていました。
くしゃくしゃが収まったところで(ケントさん、変な書き方ですみません)ケントさんの手を取ってみました。
いくこさん こんにちは きてくれて ありがとう
ケントさんが書きました。イクコさんがケントさんの手をとる私の手をじっとのぞきこみます。少女のような好奇心をいつも持っているイクコさんの目がキラキラしています。
「どうやってわかるん? 不思議やね。」
私はケントさんが書く文字を読み取るのだということを簡単に説明しました。
「ケントさんが書いてるんやね。」
読み取りに関する質問とコメントはそこで完了。イクコさんはそのままに受け取ってくれました。一瞬でケントさんとの会話に戻ります。普段の通りのイクコさんとケントさんの楽しいおしゃべりが始まりました。
「昔、夫と行った海外旅行の写真持って来たの。カナダ。ケントさんも懐かしいでしょ。カナダ行ったことあるもんね」
ない
「え、ない? なかったっけ?」
(続きます)
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テレビから、イクコさん その2
ケントさんがテレビを心で観ると言ったその話を、翌日、ケントさんが活動していた、私も所属しているNPOの仲間に話した時にイクコさんが言いました。
「私、ケントさんの気持ちわかるわ。テレビで国内も外国も旅する旅行番組やるでしょう。ああ、ここ行ったことある、懐かしいと思って、テレビの風景の中で自分が実際に歩いている気持ちになるの。ケントさんもあちこち行って、私に旅行のことよく話してくれたから。特に今、動けなくて、もの言えないし、心で見るという気持ち、すごくよくわかる。」
障がいのある人を支援するそのNPOには、いろいろな分野で活躍するボランティアの人がいます。地域のコミュニティの活性化、子育てサポート、病気の後遺症による失語症のリハビリ支援、等々。その中でもイクコさんは、今流行の言葉で言えばスーパーボランティア、いえ、スーパーをはるかに超えるハイパーボランティアと呼ぶにふさわしい特別な存在です。
実年齢を知ると誰もが驚愕、絶句するそのお年の今も、いくつもの団体でボランティア活動をして、要職に就く多忙な日々の中で、ジムでマシンや水泳で体を鍛え、プライベートの国内外の旅行や観劇や音楽会を楽しみ、そして、倒れる前のケントさんの良き飲み仲間でした。明るくて偽りのない素敵な女性!「ケントさんの気持ちがわかる」とそっとつぶやいた言葉にも、本当にケントさんの心に寄り添っている温かさがこもっていました。
「イクコさんが『ケントさんの気持ちわかる」と言っていたと伝えますね。ケントさん、きっと喜びます。」私はそう言って、次にケントさんをお訪ねする時に持って行ける、ケントさんをハッピーにするものを一つ預かって嬉しくなりました。
その次にケントさんをお訪ねした日。
「ねえねえ、ケントさん、イクコさんがね、『ケントさんがテレビを心で見るという気持ちわかる』と言っていましたよ。」と話しました。
ケントさんは一瞬にして顔をくしゃくしゃと、泣き顔のような顔になりました。
わかってくれて うれしい
嬉しい時、可笑しい時、悲しい時、辛い時、その泣き顔になります。「笑う」筋肉のスイッチはどこかに今は隠れてしまっているようで、そういえば、美津恵さんも、いつもこの苦しそうな、辛そうな顔になってしまう。後から聞くと
たかぎさん へんなこと いうから わらってた
と。可笑しくて笑っている、つもりなのに 苦しそうな顔になってしまう。人間の体は本当に不思議です。
顔の筋肉が動かず表情のない患者さんの周囲の方へ、
閉じ込め症候群だと、ご本人が辛そうにゆがめる顔は必ずしも辛いことや悲しいことの表ればかりではないと思います。貴方に優しく微笑んでいるつもりでも顔の表情をそのようには動かせず、周りの人は自分が望む反応が得られないとがっかりしてしまうかもしれないのですが、その失望が伝わると、ご本人はまた辛いと思うのです。話しかける時、ぜひ、このブログでご紹介するケントさんや美津恵さんの語る言葉を思い出してください。
あきらめないでください!
ケントさんと視線を合わせながら、私は「ケントさんはイクコさんやNPOの仲間と皆でよく食事や飲みに行かれていましたね。楽しかったですね。イクコさんはよくケントさんの話を聴いてくれましたね。」と言いました。
ケントさんの手を取ると、ケントさんは書きました。
いくこさんに あいたい
(続きます)
テレビから、イクコさん その1
美津恵さん、ケントさんのところは、それぞれだいたい一定の間隔で定期的にお訪ねしています。お話ししている間に何かリクエストが出たら、次の訪問までにそれを準備して持って行きます。美津恵さんもケントさんも、行くたびに、
いつも ありがとう
と言ってくれます。とても嬉しいです。
ケントさんの前回の訪問からあまり日が経っていないある日、入られている施設の近くに行く用事があったので、ちょっとお寄りしてみました。お部屋に入って行くと、妻のルミコさんが「今、テレビをつけたところなのよ」。
よかった。今日はケントさん、顔が良い具合にテレビの方を向いています。無意識にはベッドの周りの人の顔を交互に目で追って首を動かしたりされるのですが、自分で意識的にどちらかを向くという動作はできないのです。できない、と言っています。四肢は、ほぼまったく動かず、時々動きが見られますが、随意ではもちろん動かすことができません。
「ケントさん」ベッドの足下の方から声をかけましたが、テレビに見入っているのか気がつかれません。ケントさんの顔の近くに顔を寄せてもう一度ご挨拶しました。
「ケントさん、こんにちは。たかぎです」
ケントさんの左に傾いていた顔がぱっと上を向きます。そして私をみた途端、目を大きく見開いて口もあんぐりと開けて、まさにびっくり仰天のお顔です。寝たきりで、変わらぬお部屋の景色の中でメモを取ることもできず、そんな中で日にちや時間の感覚を保つのはたいへんだろうと思います。でもちゃんと「サプライズ」訪問を理解できています。私が現れるペースを心に留めてくださっているんだなと、あらためて思いました。
ルミコさんが「わあ、見たこともないくらいの最大の歓迎ぶりだわ」と笑いながら言いました。私も嬉しい。
「あーケントさん、驚かれましたか。前回の訪問から日を置かずにお邪魔したのでびっくりされましたよね。近くに用事があったので寄ってみたんです」
ケントさん、
びっくりした
と書かれました。
「そんなに驚いていただいて、サプライズが効いて嬉しいです」
いつも ありがとう。
ルミコさんが「あなた、よかったわね。テレビ消すわね」と続けました。
テレビ みる。
たかぎ:え…。
ルミコさんが慌てて「せっかくたかぎさんが来てくださったのよ。テレビ消すわよ」と言ってくださったのですが、
テレビ みる。
ルミコさんとたかぎ、思わず苦笑です。最大の歓迎もテレビには勝てません。でもそういうふうに希望を通すこと、そしてそれが伝わることがまた嬉しいのです。
気がつくとケントさんの首はいつの間にかまたテレビの方に向き直っています。
動くのに、動かせない。人間の体は本当に不思議です。
「何をご覧になっていたんですか」と聞きながらテレビの画面に目をやると、一人の男性が山を登っている場面。アルピニストが山に登る姿を追い、山への思いを語る言葉を淡々と拾っていく紀行番組でした。かなり高い山でしょうか。雲の上にまた高い山々を望む美しい風景に、「きれいですね。ただ山を登っていくところをずっと追っているだけなのに、でも、面白いですね」と話しかけてみました。
テレビは こころで みる。
はっと胸を突かれました。ケントさんは倒れる前、ルミコさんや仲間達とたくさん旅行を楽しまれていたのです。
「ケントさん、よくお出かけされていましたものね。こういう番組を見るとご自身が行かれた時のこと、思い出しますね」
そう。テレビ、こころでみる。
ルミコさんが言いました。「前に信州の方に出かけた時に、遠くの高い山なみを指して、『登ったことがある』と言ったの。学生の頃登山をやっていたらしくて」
「そうなんですか。ケントさん、登山していらしたんですか」と私。
よく のぼった。
「でも高い山に登るのはたいへんそう」
たいへん。でも たのしかった。
「そうですか、ちょうどテレビで良い番組をやっていてよかったですね」
ケントさんとルミコさんと一緒にテレビを観ながら、思いがけず思い出話を聞くことができました。今、唯一の意思疎通可能な者と自意識過剰な私に対するテレビの完全勝利に笑い、一緒に番組を楽しんで語らったおだやかなひとときでした。
翌日、ちょうどケントさんと私が共に活動していたサークルの仲間とお昼を食べた時、ケントさんの話をしました。「さすがのたかぎさんもテレビには負けたわけね」とひとしきり笑った後、ふとイクコさんが言いました。
「でも、私、ケントさんの気持ちわかるわ」
( 続きます)
ハイジなの?
今週からブログサービス会社が貼り付ける広告を非表示にできるプランに切り替えました。記事に「意識」「信じる」等の語句が入っているからでしょうか、占いに関する広告が貼られてしまったのです。
占いを否定するものではありません。ただ、本ブログの最初の記事でお伝えした通り、私の願いは、病気や自己の後遺症により意思疎通が困難になった、閉じ込め症候群の状態にある方の思いを読み取る技法のプロセスが科学的に解明されて、誰でも読み取れるICT(情報通信技術)機器が開発されることなので、その意味で、このブログのジャンルと占いは最も遠い対局のところにあるのです。
(記事と関係のない広告の貼り付けが無くなりレイアウトもすっきりしました。デザインはかなり工夫の余地あり。課題多しです)
ただ、実際のところよく聞かれます。
「テレパシーなの?」
「ハイジか?」アルプスの少女ではなく、著名なアニマルコミュニケーターの女性。
テレパシーではありません。もちろんハイジでもなく。
当然のことながら、寝たきりで身体を動かしたり発声により意思表出ができない方の身体に触れずに横にただ座っているだけでは何もわかりません。手を取ると(主に指先)、その方が書く文字の1画1画が伝わってくるので、それをなぞるように自分のもう一方の手のひらにそのストロークを書いていき、そしてその文字を読みます。想念をキャッチするのではなく文字、厳密に言えば、文字のストロークを読み取り、ストロークの組み合わせから何の文字かを推察・判断します。その文字を一文字ずつ読み上げていき、言葉としての意味を把握します。基本的に読み取りは当事者の方にはひらがなを書いていただいて行います。あと、アラビア数字と、〇と×。固有名詞が多く出てくると読み取りに時間がかかりますが、美津恵さん、ケントさんとのやり取りではだいたい1秒で約2文字読み取るというペースです。
うーん、わかりにくいですよね…。
次回から、もう少し具体的に書いていきます。そして、美津恵さんやケントさんが実際に書いて表してくれた言葉をたくさんご紹介していきたいと思います。
おもうとおりに やって
最初の記事「閉じ込め症候群の友と語る?!~はじめに」を投稿してからすっかり時間が経ってしまいました。
お伝えしたいことがたくさんあるのに、何をどこからどのように書いたらよいのか。美津恵さんやケントさんがちゃんと意識があることを、このブログを通じてわかっていただけるだろうか。
信念を持って取り組んでいるつもりでも、そもそも意識障害と診断されている方の想いが手を通してどうして自在に伝わってくるのか、その仕組みがわからないために、たとえばケントさんと私の読み取りによる対話を目の当たりにした方に「???」と驚かれて方法を尋ねられても決定的な説明をすることができない。「でも確かにケントさんはわかっているんです!」ただそれだけを繰り返すもどかしさを、文章に書いたらなおわかりにくい。
皆さんに知ってほしいとブログを立ち上げてはみたものの、起こっていることを上手く書き表すことができるか自信がなくてためらっている自分がいました。
そんな拙いスタートですが、日頃意思疎通支援の活動について聞いていただいている方々にブログを立ち上げたことをお知らせしたところ早速読んでコメントをくれました。
- ブログ拝見しました。~私の願い~届きました。ここまで知ってたんですね。応援してます。
- 凄いブログを立ち上げられましたね。親父も3回の脳出血で手が動かなくなるし、発話もできず、相当もどかしかったと思います。こうした研究がどんどん進んで、もどかしさを感じる本人とその家族が1人でも減ると良いですね。
- 「閉じ込め症候群」という言葉を初めて知りました。
- ケントさんの様子、教えてね。
- ブログ、読者になりました!更新を楽しみにしています。
- 実は親戚に病気で意思疎通できなくなった子がいるんです。きっといろいろ思いながら毎日過ごしていると思うのだが。
- 「閉じ込め症候群」という表現があるのを初めて知りました。きっと脳梗塞でコミュニケーションを取るのが難しい方は世の中に沢山いらっしゃると思うので、反響は大きいと思いますよ。更新されるのを楽しみにしています。
そしてケントさんが書いてくれた言葉です。
いつも ありがとう。
いいことだ。
たかぎさんが いいと おもうことを どんどん やって。
思わず涙がこぼれました。大脳が損傷して致命的なダメージを受けたと診断されたケントさんが、私の迷いを察して、脳の高度な処理能力で紡いでくれた言葉です。胸に迫るものがありました。
ケントさん、皆さんありがとうございます。どう思われるとか、自分の保身とかつまらないことにとらわれず、ケントさんや美津恵さんや、この活動を通して出会う当事者の方々の思いを、一つでも多く読み取って、広くお伝えしていくことに専心ししなければと思います。
幸いまだ「信じられない」とか「ありえない」という厳しいコメントはなく、というか、まだほとんどこのブログの開設をお知らせしていないので、お読みになられた皆さま、もしよろしければ是非、関心を持っていただけそうな方に読んでいただいてください。
皆さまと一緒に広く知っていただいていけたら嬉しいです。